不妊治療を諦めることは、プレッシャーから解放されること

メンタルケア

こんにちは。不妊・流産・不育症経験者の やまだ ひまわりと申します。

わたしのブログでは、望まぬ現実(不妊・流産・不育症…)に直面したときに、いかに心おだやかに過ごすかを実体験をもとに書いています。

今回は、「諦める」という気持ちを深堀してみました。

わたしは38歳から二人目の不妊治療をはじめましたが流産を繰り返し、やがて妊娠することからも遠ざかり、「もう諦めたほうがいいんだろうか…」という気持ちを抱えながら42歳の手前まで治療を続けていました。

約4年の間に、「二人目がほしい!」という気持ちと「二人目はムリかも…」という気持ちの量はどんどん逆転していきました。

不妊治療を諦めること

もし神さまが「もしもし、これ以上がんばっても、あなたに赤ちゃんはやってきませんよ」と教えてくれたら、わたしはすっぱり諦めるのに…と思いました。

不妊治療を諦めること

でも、それが分からないから「いま諦めることは、自分から望みを捨てることになる…」と諦められないのでした。

そんな葛藤の日々を経て分かったことです。

よろしければお付き合いくださいm_ _m

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「諦めたら妊娠できた」がうらやましいという心境

まずはじめに、「諦めたら妊娠できた」がうなやましくなる心境についてです。

先の見えない治療生活を送っていると、耳に入ってくるのが「諦めたら妊娠できた」というはなし。

諦めたのに妊娠できるなんて最高!

わたしも諦めたら妊娠できるかもしれない…!

そんなふうに考えたこともありました。

でも、…それって、全然諦めてないんですよね。

諦められないのは、まだ諦める時期にきていないから

諦めるどころか、むしろ「妊娠すること」に執着しすぎている状態でした。

そんな時期に諦めることを意識すると、「自分は諦めが悪いんだ」と自己イメージを悪くしかねません。

諦められないのは、自分の性格のせいではなく、まだ諦めることを考える時期に来ていないだけです。

諦めなくていいから、違うことに集中してみる

「諦めたら妊娠」を医学的に解明するのは難しいことかもしれませんが、諦めたときのように肩に力が入っていないリラックスした状態のほうが赤ちゃんを迎えやすいということは実際ありそうです。

「諦めたら妊娠」説をうらやましく感じるときは、諦めなくていいので「妊娠から気持ちをそらす」ことが、諦める心境に近づけるかもしれません。

妊活とは違うことに取り組んでみる。

集中して映画を見る、本を読むといった身近にできることをやるとか、旅行にいくなど場所を変える行動を取るとか、一時でも、妊活や不妊治療している自分を忘れられる時間を持ってみるのはどうでしょうか。

ちなみに、「諦めたら妊娠できた」って結局どういうことなの?という疑問を解説してみた記事もございます。よろしければご一読くださいませ⇒「諦めたら妊娠」は本当に起こるの?

諦めきれないのは、まだやりたいこと、できることがある証拠

おそらく「諦めきれないとき」というのは、自分のなかに、まだ諦めきれない理由が残っているのだと思います。

たとえば、

  • あと1回くらいは治療できそうなお金がある
  • ステップアップすれば可能性はあるかもしれない
  • 42歳まではチャレンジしていいんじゃないか

「諦めたい気持ち」と「諦めたくない気持ち」が混在して、どちらの気持ちが強いか分からなくなったときは、このような「諦めきれない理由」が残っていないか考えてみるといいです。

それがあるうちは、いざ治療を断念する決意をしても、気持ちがゆらぎやすいと思います。

「やりきった」という気持ちがないと諦めきれないのが不妊治療

程度の差こそあれ、何らかの「やりきった」という感覚や、自分がやってきたことへの納得感がないと、やめられないのが不妊治療だと思います。

治療を終えた後の人生のほうがずっと長いことを思うと、「もしもあの時、続けていたら…」という結論の出ない迷いを心に引きずりながら生きていくのは辛いです。

だからこそ、諦めきれないものを、無理に諦めようと頑張る必要はどこにもありません。

わたしの場合、約4年間、二人目不妊治療を続けている間に、「諦めること」に対する自分の気持ちが変化していきました。

そこには体力面、精神面、環境面での変化が伴っており、「あ、そろそろ引き際なのかな」という気持ちが自然と湧いてきました。

ただ、そういう気持ちが湧いてきたのは、「自分はできるだけのことはやった」「十分頑張ったんだ」という納得感があったからこそだと思います。

時間、体力、お金、気持ち…いろいろな要素のうち、どれか1つが欠けても不妊治療は続けにくいので、心が折れそうになることも多いです。

でも、それでも与えられた環境の中で、「わたしはよくここまで頑張ってきたな」と思えるかどうかが、「やりきった」という気持ちで治療を諦められるかどうかの差になるように思うのです。

それは不妊治療と向き合う当事者にとってはちょっと酷で、厳しい現実でもあります。

諦めることは、解放されること

では、やるだけのことをやって、それでもダメで、とうとう諦めようとなったとき、そんな自分をどう受け止めればよいのでしょうか?

わたしは、ある作家の方がおっしゃっていた「『諦め』とは決してマイナスの行為ではなく、無用な執着とプレッシャーからの解放です」という言葉が、妊活や不妊治療を頑張る人たちにピッタリだと思いました。

執着とプレッシャー。

この2つにどれだけ悩み押し潰されそうになったことか…!

夢を持つことは、実は執着やプレッシャーを持つことと表裏一体なんだと思いました。

でも、諦めようと決意をすることで、やっとそれらの呪縛から解放されます。

ここで、もう一度「諦めたら妊娠」に話を戻すと、ひとつ分かることがあります。

「諦めたら妊娠できた」というサプライズは、「諦めること」が肝心なんじゃなくて、無用な執着とプレッシャーから解放されることが肝心なんじゃないかと。

それが、「諦めたら妊娠」という奇跡が意外と多くの方に起こってしまう理由なんだと思います。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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