「諦めたら妊娠」は本当に起こるの?

不妊治療
Photo by haikukuku(photoAC)

「諦めたら妊娠した」

「治療をやめた途端、授かった」

妊活女子を戸惑わせるこの現象。

「それならわたしも、諦めたほうが授かる?」

そんなふうに変な期待をしたくなります。

でも本当に、諦めたら妊娠できるのでしょうか?

今回は、この「諦めたら妊娠した」ついて自分の体験から考えてみました。

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ケース1:不妊治療を休んでいる間に2回の妊娠

わたしは自然妊娠しにくいとい受精障害と診断されたにもかかわらず、治療していない期間に2回妊娠しました。

そのときは、はじめての流産を経験したあとで、次の治療をはじめるまでのインターバルの期間でした。(流産すると、次に妊娠を試みるまで2~3回生理を見送るようにいわれます)

ただ、待っていて時間ばかり過ぎるのも気持ちが焦るので、タイミングだけはとっておこうかと。「もし妊娠できたらラッキー」くらいの気持ちでした。

そしたら妊娠。

「え!そんなことってあるんだ!」

体外受精でも妊娠しにくいから顕微授精をしていたのに、本当に驚きました。

その時期を振り返って、いつもと違っていたのは、通院から解放されていたことです。

もともと通院を苦痛とは思っていなかったのですが、仕事と長男の保育園送迎との合間に通っていたので、時間のやりくりには悩んだし、職場にも気を使うのでストレスはありました。

そういう気苦労が、このときの妊娠にはなかったので、気持ちが楽でした。

結局、初期流産してしまったのですが、数か月後、また同じような状況(流産後の回復待ち)で再び妊娠。

それも流産してしまったのは、後に分かる不育症だったからなのですが、こうやって不妊治療をしていない時期に2回も妊娠できたことは、ものすごい希望になりました。

「わたしにも、妊娠できる力が備わっている」
ということを確認できて安心しました。

この2回の妊娠体験は、
「諦めたら妊娠した」ではなくて「期待していないときに妊娠した」
でした。

顕微授精でないと妊娠はないと思っていたのに、
「積極的な治療や妊活をやめたら妊娠した」
でした。

2回続けて妊娠したので、「もう顕微授精でなくても妊娠できるんじゃ…?」と1年ほど通院なしで試みましたが、それ以来、二度と妊娠することはありませんでした。

う~ん、、意識してしまうとうまくいかないのでしょうか。。

<その時期の体験記はこちら>

ケース2:99%期待しなかった5個目の胚移植で妊娠

別のケースです。

40歳で行った4度目の採卵では、5つの胚盤胞ができました。

「5個あれば、ひとつくらいは着床してくれるかも…!」

そう希望をもってスタートしたのですが…

  • 1個目・・・融解失敗で移植断念
  • 2個目・・・陰性
  • 3個目・・・陰性
  • 4個目・・・陰性

あっという間に最後の1つに…。

凍結胚移植は、一般的にグレードのよい胚から戻していきます。

このときできた胚盤胞は、5日目胚盤胞の4BBが2つ、 6日目胚盤胞の4ABが1つ、4BBが2つ。
先に移植した胚が着床しなかったのに、最後の1つが着床するとも信じ切れず…。

「最後まで諦めたらだめだよ!」
という気持ちと、
「期待して裏切られると、なおさら傷つく…」
という気持ちの間で揺れましたが、結局自分が傷つくのが怖くてあまり期待しないようにしていました。

「99%妊娠しないだろう」とほぼ諦めモード。

1%だけ希望を残して、「無事に移植までできれば、それでいいいや」と思っていました。(融解失敗を経験しているので、移植できずに可能性ゼロになるのだけは避けたかった)

無事に胚移植を終えたあとは、既に、そのあとの治療をどうするか考えていました(期待していないので)。

いつもなら待ちきれなくてするフライング検査も、このときはしませんでした(期待していないので)。

判定日は、病院の待合室で「子ども 諦める」「不妊治療 やめどき」とキーワード検索しながら呼ばれるのを待っていました。

そしたらまさかの陽性です。

1%の希望が、99%の諦めに勝ってしまったのです。

<その時期の体験記はこちら>

わたしは「諦めていた」のか?

わたしが体験した、これら3回の妊娠体験に共通していたのは、
「それほど期待していなかった」
「ダメでもともとと思っていた」
ということでした。

だから「諦めていた」ともいえるけれど、ちょっとニュアンスが違うようにも思います。

99%ダメでも1%くらいは望みはあると思っているから行動に起こしているわけで、完全に諦めていたわけではありません。

でも、バリバリ治療している時期よりは思い詰めていないので、妊娠以外のことにも気持ちを向ける心の余裕がありました。

特に最後の移植のときは、「無事に移植できればOK」と移植をゴールのように感じていたので、それほど妊活に神経質になっておらず、「とにかく風邪だけはひかないように」と体調管理に気を付けていました。(1月でインフルエンザが大流行していたのです)

また、移植後も、いつもなら判定日まで落ち着かない日々を過ごすのですが、このときは、
「フライング検査するくらいなら、そのお金で判定後にスタバ行こ。『陰性おつかれさま!』で久々のカフェモカだ!」
みたいな感じでした。

ある意味賢明な考え方、過ごし方だったと思います。

「諦める」ではなく「明らめる」

そうかといって、心がずっとポジティブだったかというと、そうでもありません。

「もう妊娠できる気がしない…」
「そろそろ治療のやめどきかも…」
と落ち込む日もありました。

しかし同時に、
「無事に移植できてありがたい」
という感謝の気持ちも自然と湧いてきました。
なにせ、(妊娠してもしなくても)これが最後の移植になる可能性もあったので。

だから、
「それならば、短期間でもおなかに戻ってくれたこの期間を楽しもう。あとは神様におまかせだ!」
と開き直るようにしました。

こんな具合に、いろいろな心境が入り乱れていたのですが、いうならば、「諦める」ではなく「明らめる」ことができたのかもと思っています。

仏教では「諦める」は「明らめる」=真理をあきらかにみるという意味なんだそうです。

~授かることを断念するのではなく、現実を冷静に見て、できることはやる、考えても仕方がないことは悩まずそのまま受け入れる~

  • 移植のことはお医者さまにお任せ
  • 妊娠するかどうかは神さまにお任せ
  • 心配ごとは仏さまにお預け
  • わたしはただリラックスするだけ

「諦めたら妊娠した」は結果論。本当のところは…

あるとき、同じく不妊治療中だった職場の先輩と、
「諦めたら妊娠するって、本当かな」
「じゃあわたし、『ハイッ、いま諦めたッ』みたいな(笑)」
と半ば冗談で話したことがあります。

いくら「諦めてから妊娠する人もいるよ」といわれても、欲しい気持ちでいっぱいの時に「諦めよう、意識しないようにしよう」と思うのは無理。余計に意識してしまいます。

これは、わたしが勝手に考えた妊活の4ステップなのですが、

<1>バリバリ期
妊活あるいは不妊治療しようと決意し、「よし頑張るぞ!」とある程度ポジティブに取り組める時期。治療はステップアップ中で希望をもっている時期。

<2>ふんばり期
なかなか結果がでないものの、「次こそは…」とふんばって頑張る気力が続いている時期。

<3>もんもん期
結果がでないまま治療期間が長くなり、「このままでいいのか…」と先が見えず思い悩む時期。不安や焦り、苛立ちなどネガティブな感情がいちばん高まる時期。

<4>達観期
子どもを生む以外の選択肢も見据えて今後の人生を考えだす時期。ステップダウンや治療の卒業を考える時期。自分のやってきた妊活や治療にどれだけ納得感があるかで、心境はさまざま。

「諦めたら妊娠」は、
たとえば<2><3>で、少し治療を休んでリフレッシュしているときや、<4>で、自分たちの妊活・治療の終結を見つめだした頃に起こることかと思います。

つまり、「諦めたら…」というのは状況がそろってのことなので、意図的に狙っていくのは難しい(当然か)。
あくまでも、結果そうなった、だけの話であって。。

意欲のあるときは、その意欲のまま妊活するのが、健全でストレスが少ない気がします。

妊活は足したり引いたり、休んだり、でも完全には諦めない

一方で、「諦めたら妊娠」のケースがあるということは、必ずしも、頑張っているときや、よい条件がそろったときばかりが妊娠のタイミングではないということもいえます。

頑張っているときとは、たとえば、

  • 妊娠するためにお菓子をやめる
  • 妊娠するためにサプリメントを飲む
  • 妊娠するために毎日運動する
  • 妊娠するためにコーヒーをやめる
  • 毎日基礎体温を測る

よい条件とは、

  • グレードのいい受精卵
  • ベストなタイミングでの移植
  • 基礎体温がきれい

など。

すぐ結果がでるとは限らない妊活や不妊治療。
その間、ずっと頑張った状態でいることは、緊張の糸がピーンと張りっぱなしのような状態。
しんどいですよね。
糸をゆるめることも必要です。

だから、いま、
「妊活をいろいろ頑張っているのに結果がでない」
「本当にこれでいいの?妊活しんどいわ…」
と行き詰まっている方がいたら、

思い切って、何かをやめる。何かを変える。

それもアリだと思います。

飲んでいたサプリをやめたり、我慢していたコーヒーを飲んだり、治療なら休んだり、ペースダウンしたり。

そうやって、いままで頑張ってきたことを中断することに焦りを感じる必要は全くないんじゃないかと思います。
妊娠に向けて完全にストップしたわけではないのだから。

わたしは、妊娠につながった最後の胚移植のとき、先生から自然周期での移植を提案されました。

これまでずっとやってきたホルモン補充周期をやめて、
「ちょっと目先を変えて、自然周期でやってみない?」
と。

高齢だし、仕事との調整もつけやすいし、とずっとやってきたホルモン補充周期をやめることは少し勇気のいることでしたが、提案されたのも何かの縁と思い決断しました。

それが、いざ自然周期にしてみると、心身ともにいい気分転換になったのです。

ホルモン補充周期より通院は少し増えるのですが、薬の服用が減ったことがとても楽。
子宮内膜が十分に育って排卵しないことには移植に進めないので、規則正しい生活を心がけました。

そうやって、自分の妊活に足したり引いたり、変えたり、休んだり、いろいろやっているうちに、予期せぬタイミングで妊娠するということは、大いにあることなのかなと思います。

それが俗にいう「諦めたら妊娠」という幸運につながるのかもしれませんが、それは、突き詰めると
「どんなカタチであれ、諦めなかったから妊娠した」
のだと思います。

「完全に諦めさえしなければ、授かる可能性もゼロにはならない」
というのが「諦めたら妊娠」の真実に思えてなりません。

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