*記事の中で流産体験について触れています。苦手な方は読み飛ばしてください。
不育症治療は妊娠しないことにははじまらない
4回目の流産の後、はじめて不育症の専門病院を受診し、引き続きバファリンを服用することになりました。
さて、このとき、私のもとに残っていた凍結胚は1つ。
40歳手前で受けた採卵で2つできた胚盤胞のうちの残りです。
前回の流産から約半年経っていました。
正直なところ、まだ心の準備ができていないというか、気持ちが前に進まないところがありました。
でも、気持ちだけは焦っていました。
なにしろ不育症の治療は、妊娠しないことにははじまりません。
そして、次の胚移植で妊娠できるとも限らない。
確率からするとできない可能性のほうが高いです。
年齢を考えても先延ばしする余裕はないと思えて、移植の準備を進めることにしました。
結局、治療を休んでも不安、進めても不安。どっちにしても不安だったので。
「そう都合よく続けて妊娠するわけは…」と期待半分諦め半分でしたが、なんとありがたいことか判定結果は陽性でした。
先生「妊娠しにくいことはないみたいだね」
生理周期も短くなったり自分の妊娠力にも不安があったので、ありがたいお言葉でした。次こそはきっと大丈夫…。夫婦でそう思いました。
バファリン服用するも8週で絨毛膜下血腫
流産してしまうときは、早いと5週目から出血していました。
それが今回はなかったので、薬が効いている!と思いました。
「今度こそは本当に大丈夫かも!」
十分な検査を受けて臨んだ妊娠だったこともあり、心にも余裕がうまれていました。
ところが8週目のある朝、股の間に「ツー」と液体が流れる感触がありました。
最初は「座薬がでてきたかな?」と思いました。
黄体ホルモンを補う膣座薬は多少流れ出てしまうので、それであればいつものことです。
でも、なにかが違う。いつもよりサラサラしているし、
「座薬だったらこんなに出ない!」
急いでトイレに駆け込んだら、それは鮮血でした。
不安や悪い予感が胸に押し寄せて、心臓がドキドキしてきました。
午後に受診すると、予感は的中して絨毛膜下血腫でした。
体から一気に力が抜けていきました。
人知れず終わった5回目の流産
5回目の絨毛膜下血腫であり、5回目の切迫流産。
本来なら、ここから自宅安静となるのですが…。
悩んだ末、私はそのことを周囲の人に伝えず、いつも通りの生活を送りました。仕事にも行きました。
どうしてか…。
正直な気持ちは、こんな感じです。
「もしかして今回も流産してしまうかも。だったらなおさら、その事実も悲しみも自分の胸のうちにとどめておきたい」
流産してしまったら、現実は受け入れるしかありません。
それは、妊娠を望んで切る以上、自分でも覚悟がありました。
でも流産したことを人に報告することは、その事実に輪をかけて辛いことでした。
後から思えば、現実を直視できず逃げていたと思います。
一方で、自分の心が一番辛くならない方を選んだ結果でもありました。
「安静にしても流産」
これは当時の私のとってはかなりのトラウマでした。
切迫流産を乗り越えた経験がない私には、安静生活は不安しかありませんでした。
さらに、「人に知られてしまう(報告しなければならない)こと」は、当時の私にはかなりの心の負担でした。
だから自然と自分自身が壊れてしまわないように心が動いたのかもしれません。
本来、4度の流産を繰り返しても、また授かることができたことは飛び上るほど喜ばしいことなのです。だからこそ自分の体を大事にして無理をしないことです。でも、過去の流産から心が回復しきっていなかったのでしょう。教科書通りの対応はとてもできませんでした。
気は使いながらも普段通りの生活をしていましたが、血腫の影は日に日に小さくなっていきました。「あ、これならもしかして大丈夫かも」と思ったのですが、結局、出血から約2週間後、5回目の流産を迎えることになります。
妊娠も流産も、ごく一部の人しか知らないまますべてが終わりました。(報告したのは身内を入れて3人だけ)
「安静にしていたら大丈夫だったかも…」という思いはゼロではありません。
看護師さんにも
「あなた、人より出血しやすいんだから…!」
と心配されました。
(仕事上がりの夕方に受診していたので、休んでいないことがバレていました)
でも、自宅安静で過ごした前回よりも感じるストレスは少なく、心の負担も軽かったのも事実。人にはすすめられませんが、その時の私には必要な過ごし方だったと自分を納得させています。
不思議なことに、流産した日の朝、長男が「保育園を休みたい」といったので、「それなら私も安静にしようか」と仕事を休みました。
そしたら夕方に生理痛のような腹痛がやってきて出血がはじまったのです。もし出社していたら職場で出血していたと思うとぞっとします。
医学の力を借りてはいても、それだけでは片づけられない不思議なめぐりあわせが妊娠をめぐっては起こるのかもしれません。
過去の流産で、「もし、あの時こうしていたら流産しなかったかも」と何度思ったかしれません。
でも、同時に「もし…」はないような気もしています。
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